5月突入。


桜の花びらは舞い落ち、夏に向けて青葉が新しく芽吹く時期である。


日差しも安定してきたし、風も優しい。




今日も俺の1日が気持ちよく幕を上げる。




::第5話 - story1::




いつものように片谷さんに校門の前まで送ってもらう。


クラ女(聖クライアンヌ女学院の略名)の生徒ももはや慣れたのか俺がリムジン

で来ようと、さほど驚かなくなってきた。



俺も大分この暮らしに慣れてきた。



そのかわり・・・



「甓尖君オハヨウ」


「おはようございます」



「甓尖君おはよー」


「どうも」



どの学年隔たりなく、徐々に挨拶をしてきてくれる人が増えた事に少々喜びを感

じる。



つい2・3週間前には怪奇な目で見られていたので尚更嬉しかった。



ところでこの学園ってどういった構成をしているのだろうか・・・


気になるので今度、図書室にでも行くとするか・・・ 



教室に向かう途中の廊下でも、



「甓尖君オハヨウ」



「おはよう御座います。甓尖君」



すれ違う人すれ違う人が声をかけて来てくれる。


律儀な性格なのか、義を重んじている(?)だけなのかは自分でも分からないが、

先に声を掛けられたのであれば必ず返事をかえす。





・・・当たり前か。


しかし、コレだけでも良く成長してくれたと目頭を押さえたくなるぐらいだ。



教室に入ると、美香を筆頭に次々と挨拶を交わしてくる。



最近では俺が入学してこの教室に初めて来た時、悲鳴を上げて教室の隅に逃げ

回っていた子でも、



「お・・・おはよう・・・」



と、おそるおそる声をかけて来てくれる。



「おはよう」



俺は笑顔で返す。



その子は真っ赤な顔になって俯いた。


俺が通り過ぎた直後に後方から



「麻川さん!やったね!」


「ナイスファイト!絵里!」



と言う声が聞こえる。



「丸聞こえだっつの・・・」



もう少し小さい声で喋れと言う言葉を内に秘めて席に着く。



少し遅れてルミナが登校してきた。



「甓尖君。オハヨ〜☆」



学校では苗字同士で呼び合っている。


もし、名前同士で呼び合っているとバレたら大紛争が起きるに違いない。


そんな事になったら俺の体は四肢分裂するほどの引っ張り合い合戦になり髪の毛

一本でも取り争う事になるかと思うと背筋が凍るほど震えて歯は小さくカタカタと音

を立てていた。



「ど・・・どうしたの?」



ルミナが汗を垂らしながら覗き込んでくる。



「ん?ああ!ああ〜!!オハヨウ!!」



あからさま不自然この上ない。


ルミナはいつもの俺と全然違う雰囲気に顔をしかめている。



「大丈夫・・・?」



トドメに馬鹿を見るような目付き。



「ああ・・・」



貴女(あなた)がいつ口を滑らしてもおかしくない状況。


ましてや昨日の出来事がクラスにばれたら、もう2・3ヶ月は誰も口を利いてはくれない

だろう。



そんな事したらもっと窮地に陥る事の重大さがこの子には分かんないのかね?




・・・・・・。



分かんないんだろうな・・・


虚ろな目をしながら、俺の心は違う意味での恐怖で泣いていた。



補足だが俺は今まで誰にも涙を見せた事が無い。



「感動とかで泣かないのか?」



と言う質問には、



「俺には感動と言う感情がない」



とでも言っておこう。


また、



「身内とかが亡くなった時とかは泣かない?」



と言う質問には、



「俺の身内は家族だけである」



とでも言った方が妥当だ。


此処での家族は親父、お袋、百合華は勿論、古軒さん、鴨川さん、片谷さん、他etc… 


なんせ屋敷において一緒に生活している人間全員の事である。



「涙腺ないの?」



と言う質問とかもたまに聞かれるが・・・




あるに決まってんだろ。人間なんだから。



まぁ、涙を見せないと言うのは傍から見れば変かもしれないが、俺にとっては自分の弱い

所をさらけ出したくは無い。


それだけである。



しかし、いくら涙を見せないからと言って泣かないと言う訳ではない。


現に今、心で泣いてるし、先週も思い出したくなど無いくらい心の中で号泣した。(3話参照)



と、まぁこんな感じである。



ちなみに、百合華にはいつも泣かされっぱなしだが・・・




ルミナはそんな俺を気遣うのかそれ以上何も言わず自分の席に着く。


暫くして、笹川先生がやってきて朝のHRが始まる。



「みなさん、入学してもう1ヵ月経ちます。入学したからといって安心して気が緩んではいま

せんか?」



尤もな言い分である。


この時期だとテストぐらいあるんじゃねぇか?



「そういった訳で、今月の中旬、つまり来週の後半からテストが行われます」



ほら見ろドンピシャ。


クラス内は騒然である。



「「「えぇ〜〜!!」」」



と言う言葉を一斉に発していた。



「ですからみなさん。赤点が付かないようにしっかりと勉強してください」


「先生!」


「なぁに?」



1人の生徒が質問をし始めた。



「赤点ってなんですか?」



なんだ、赤点も知らないのか。


先生、ここはビシッと言ってあげましょう。



「・・・・・・。」



ん?なんで言わないんだ?別に言えん様な事でもないだろう。



・・・・・・。


まさか・・・



「先生?」


「ア、アハハハ!!先生、今年教師1年目だから・・・ し・・・知らないの・・・」



俯いてしまった。


この人、よく教員免許とれたな・・・




そんな中、クラスの生徒達は白い目で先生を見つめる。


さすがにこれにはまいった先生はオロオロしながら俺にふってきた。



「か・甓尖君は知ってるよね?」



・・・なんですか?


その助けを求める眼差しは・・・ 



いつの間にか俺の方に視線が集中していた。



俺は深いため息をついて説明をし始める。



「赤点ってのは1教科について30点以下の場合に付く名前の事だよ。勿論、点数が悪いと成績

が下がるし、夏休みや冬休み前に行われる期末のテストで点が悪かったりすると休み中に補習

とかしないといけなくなるんだよ」


「補習って何?」



・・・ここの連中は補習の意味すらも知らねぇのか!!? 



と、大声で叫びたい所だがその言葉を呑み込んで続きを話す。



「つまり休み中でも学校で勉強する事になんの」



「「「へえぇ〜〜」」」



関心の声が上がる。



「更に学年末に行われるテストに関しては点数が悪ければそのまま留年に・・・」



すると、1人のクラスメイトが話を遮った。



「留年ってな・・・」

「学年を上がれずにもう一度1年生をやり直す事!!!」



先が読めたので最後まで聞くまい。


段々とムカついてきたぞ。



「だから先生はそう言う事にならないようにしっかり勉強しろって言いたいんだよ。分かった?」



「「「ほおぉ〜〜〜」」」



言葉変えただけかよ。



笹川先生はパンパンと手を叩いて注意をとる。



「いい?甓尖君が言った通りよ。成績を落としたくなかったらしっかり勉強してね」



何故にこの人はあたかも自分が言ったみたいに自慢気な顔をするのだろうか・・・


横取りが趣味か?



その時、丁度HRの終わりを告げる鐘が鳴り、10分間の休憩に入る。




・・・ここの学校のチャイムって鐘だったのか。


初めて知った。



当然、クラスはザワザワと荒れる。



と、美香率いる10人ほどのグループが俺の所に集まってきた。